【実例に学ぶ】業界別に見る知財侵害の実例と企業の法的対策
はじめに
企業の競争力の源泉となる知的財産権。特許権、意匠権、商標権、著作権などは、製品やサービスの独自性を守る重要な手段です。技術革新やグローバル展開が加速する現代では、自社の知財が侵害されるリスクも高まっています。対応を誤れば業績やブランドイメージに深刻な打撃を受けかねません。
今回は、IT業界・製造業・アパレル業界それぞれに見られる典型的な知財権侵害の実例を紹介し、企業を守るための法的対応や実務対策について詳しく解説します。
IT業界における知財リスクと事例
目に見えない無形資産をどう守るか
IT業界では、ソフトウェアやデジタルコンテンツが主な資産となるため、ソースコードの無断複製やUIデザインの模倣、ソフトウェア関連発明の特許侵害などが典型的な問題として挙げられます。これらは目に見えない無形物であるがゆえに発見が遅れやすく、被害が広範囲に及ぶ恐れがあります。
【実例① ソフトウェア画面の著作権侵害】
業務用ソフトウェアの画面レイアウトを競合他社が酷似させたとして争われた「積算くん事件」は代表的な例です。この事件では、原告ソフト「積算くん」の画面表示と被告ソフト「WARP」の画面表示の共通部分に創作性が認められるかが争点となりました。
大阪地裁は、両ソフトの画面に共通する部分には創作的表現は認められないとして原告の著作権侵害主張を退けています。つまり、機能上どうしても似通ってしまう画面要素については著作権の保護対象とならないと判断されたのです。
一方で、別の裁判例(サイボウズ事件)ではビジネスソフトの画面デザインに著作物性を認めた例もあり、UIの保護可否は創作性の有無次第と言えるでしょう。
【実例② ソフトウェア特許侵害】
IT分野ではソフトウェアやネットサービスに関連する発明を特許出願し、競合の模倣を牽制する戦略も一般的です。その典型が「任天堂対コロプラ事件」です。
任天堂はスマホゲーム「白猫プロジェクト」に自社のゲーム操作関連特許が侵害されたとして提訴。数年に及ぶ訴訟の末、2021年に和解が成立しました。コロプラ社が任天堂に和解金33億円(将来のライセンス料含む)を支払う内容で決着したのです。
これはソフトウェア特許侵害の和解金としては異例の高額であり、同業他社に知財訴訟リスクの大きさを示す事例となりました。
IT企業のための知財対策
IT企業が知財リスクに備えるには、以下のような対応策が有効です。
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契約と権利処理の徹底
開発委託先との契約で著作権の帰属を明確化
従業員との就業規則や契約で職務発明や著作物の扱いを明確に定める
第三者のコードやコンテンツ利用時はライセンス条件を厳守 -
技術的防御策
ソフトウェアの不正コピー防止
自社独自のUIデザインやアルゴリズムには特許出願や意匠権出願を検討
権利化できない営業秘密については暗号化やアクセス制限で保護 -
監視と早期対応
自社ソフトの海賊版や違法コピーの監視体制構築 発見次第プラットフォームへの削除要請や法的措置を講じる
他社の特許情報を調査し、開発段階から侵害予防策を講じる
こうした対策により、IT特有の迅速な模倣拡散に対処し、自社の技術とコンテンツを守ることが可能になります。
製造業における知財リスクと事例
形のある製品を守る知財戦略
製造業では、製品の機能や構造に関わる特許権や実用新案権の侵害、製品デザインに関わる意匠権の侵害が中心となります。自動車部品や電子部品、機械装置などで日本企業が開発した技術を海外企業が無断で模倣し類似品を製造するといったケースが多く見られます。
特に製造業では模倣品による被害額が巨額になりやすく、日本企業の場合、自動車部品が産業別模倣被害額で最も大きいとの調査結果もあります。エアバッグなどの安全部品の偽物が市場に出回る事態も報告されており、模倣品は企業の損害だけでなく消費者の安全にも関わる深刻な問題と言えるでしょう。
【実例:海外での商標トラブル】
無印良品を展開する良品計画は、自社より先に中国企業に「無印良品」の商標を取られてしまい、中国で同商標の訴訟で敗訴し、約1,000万円の賠償を命じられた事例があります。
これは、自社ブランド名を海外で第三者に先取り登録(いわゆる商標の先行取得)され、現地で自社製品にそのブランド名を使えなくなるリスクを示す例です。海外進出時には現地の知財制度の違いや悪意ある商標ブロッカーへの対策が必要となります。
また、製造委託先の海外工場が契約外で余剰生産した製品を横流しする「闇生産」や、退職社員が設計図や製法を持ち出して模倣品ビジネスを始めるケースも懸念されます。実際に日本企業の調査では、製造業企業の約27%が模倣品被害を受けたと回答しています。
製造業のための知財対策
製造業では、自社製品の技術とブランドを守るために多層的な知財防衛策を講じることが重要です。
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権利の国内外取得
開発した技術やデザインについて、国内外で特許権・意匠権を出願 ブランド名・ロゴを早期に各国で商標出願
権利を予め取得しておくことで、模倣品メーカーに対し差止めや損害賠償を請求可能に -
契約と秘密管理
OEM先や部品供給先と製造契約・NDA(秘密保持契約)を締結
社内で図面・技術情報のアクセス権限を管理し、重要情報の持ち出しを制限 従業員に対する定期的な情報管理・競業避止教育の実施 -
市場監視と行政対応
模倣品の市場監視体制の構築 模倣品発見時の速やかな法的措置検討
関税当局への協力要請と模倣品の輸入差止め(税関差止申立)
悪質な偽ブランド品は警察への刑事告訴も視野に -
製品の差別化工夫
正規品にホログラムラベルやシリアルナンバーを付けて真贋判別が可能に
ユーザーが公式サイトで製品番号認証できる仕組みの導入
以上のような権利取得+契約管理+市場監視+技術的措置を組み合わせた多面的な対策が、製造業の知財リスクマネジメントには不可欠です。
アパレル業界における知財リスクと事例
デザインとブランドをどう守るか
アパレル業界では、デザインの模倣とブランドの冒用が主要なリスクです。洋服のデザインそのものはアイデア段階では保護が難しくとも、形状や模様によっては意匠権で保護し得ます。
典型的な侵害シナリオとして、流行ブランドのデザインを模倣した廉価品(いわゆる「ファストファッション」が高級ブランドの最新デザインをすぐコピーする例など)、ブランドロゴを無断使用した偽バッグ・偽衣料の販売、キャラクターやイラストを無断プリントした衣類の販売などが挙げられます。
【実例① デザイン模倣】
2021年に女性向け衣料メーカーのチュチュアンナが発売したルームウェアに、契約関係のないイラストレーターの作品と酷似した柄を使用していたことが発覚した事案があります。
この「ポメラニアン柄コピー事件」では、Twitter(現X)上で「漫画犬」さんという作家が自作イラストと酷似するデザインの無断使用を指摘し炎上。チュチュアンナ社は該当商品の販売中止と謝罪に追い込まれました。
さらに社内調査で他の商品にも第三者作品の流用が判明し、同社は再発防止策として外部の知財専門家の意見を交えた社内体制の見直しを表明しています。このケースでは訴訟には至らなかったものの、他人のイラスト等の無断流用は著作権侵害となり得る典型例であり、社会的信用失墜という大きな代償を払うことになりました。
【実例② ブランド商標侵害】
アパレル分野の商標侵害として有名なのが「ELLE商標事件」です。1999年、ある会社らが無許可で「ELLE」のロゴを付けたポロシャツを製造販売したため、商標権者から提訴されました。
その結果、関与した会社2社および代表者・従業員が共同不法行為による損害賠償責任を負うと認定され、総額約270万円の賠償が命じられました。近年でもシャネル等の有名ブランドに似せたロゴ入りの商品を無許可販売した業者が逮捕・書類送検された例もあります。
【実例③ 意匠・トレードドレスの保護】
英国発のブーツ「Dr. Martens(ドクターマーチン)」の定番ブーツと酷似した靴を日本企業が販売した事件では、ドクターマーチン側が不正競争防止法に基づき販売差止めを求めました。
裁判では、原告ブーツの特徴8つのうち「黄色いウェルトステッチ(縫い目)」だけが特別顕著で周知性を獲得した特徴であると認定され、この黄色ステッチの特徴を有する被告ブーツの販売差止めが認められています。
一方、フランスの高級ブランドであるクリスチャン・ルブタンが自社のハイヒール靴底の赤色(レッドソール)デザインを真似した製品に差止め・損害賠償を求めた「ルブタン事件」では、日本の裁判所は「赤一色の靴底」という表示自体はありふれており独自性がないことなどを理由に、ルブタン側の請求を棄却しました。
このように、デザインが直感的にブランドを想起させるほど有名でも必ずしも法的保護されるとは限らず、独自性の程度や周知性の立証がカギとなります。
アパレル企業のためのブランド保護戦略
アパレル企業がデザインとブランドを守るためには、以下のような法的・実務的施策が考えられます。
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商標・意匠の戦略的活用
ブランド名やロゴマークの国内外での商標登録
バッグ・靴・服飾品の特徴的な形状や模様の意匠登録 部分意匠制度の活用による商品の一部分の特徴的デザイン保護 -
著作物の管理
テキスタイルデザインやグラフィックの創作日付や作者の記録
自社デザイナーや外注デザイナーとの契約における著作権の譲渡・利用許諾範囲の明確化 -
模倣品対策
偽物やデザイン盗用品発見時の証拠確保と法的通知
悪質な偽物業者への警察や税関への情報提供
オークションサイトやSNSの継続的パトロール -
ブランド価値の維持向上
正規品の付加価値向上(公式証明書やアフターサービスの充実)
消費者への偽物情報や見分け方の周知
業界共通の法的対応とリスクマネジメント
各業界で具体的な違いはあるものの、根底にある知財保護の考え方は共通しています。企業が知的財産権侵害に直面した際に取り得る法的対応策と、平時から準備すべきリスクマネジメントについてまとめます。
主要な法的対応策
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差止請求(民事)
侵害行為の停止や侵害物の廃棄を求める方法 緊急の場合は仮処分の申立て
模倣品・海賊版を市場から排除する直接的手段 -
損害賠償請求(民事)
侵害品の販売数や自社商品の逸失利益、市場機会の損失等を算定
特許法では自社が得られたはずの利益や相手の不当利益相当額を賠償額として主張可能
侵害抑止効果が高く、悪質事例では慰謝料や弁護士費用相当額も上乗せの可能性 -
刑事手続(告訴)
偽ブランド品の製造販売や著作権侵害(海賊版の大量頒布など)は刑事罰の対象
警察への告訴により、侵害者の逮捕・起訴の可能性 相手への抑止力が極めて大きい手段 -
行政措置
関税法に基づく輸入差止申立 税関が職権で侵害物品の輸入を阻止
海外からの模倣品流入防止に有効
リスクマネジメントと社内体制
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専門家との連携
弁理士や知財に強い弁護士との連携 社内知的財産部門や知財担当者の設置
自社開発段階でのクリアランス調査(他社権利侵害の有無確認)