HubSpotのデータ保全|解約・移行時に「標準エクスポート」では持ち出せないデータと3つの落とし穴
1. HubSpotの標準エクスポートでは、コンタクトや会社などの「プロパティ値」は取得できるが、添付ファイルの「実体」やアクティビティの「完全な履歴」は出力されない。
2. CSVに記載されているファイルURLは「HubSpotサーバーへのリンク」であり、解約後はアクセス不能になるため、実ファイルの事前確保が必須。
3. API経由でのデータ抽出には厳格なレートリミット(10秒あたりの制限)があり、大量データの移行は想定以上に時間がかかることを計画に織り込む必要がある。
「HubSpotをやめて別のCRMに乗り換えることになった」「コスト見直しでプランをダウングレードする」——マーケティングや営業の現場でこうした決定が下されたとき、システム担当者が最後に直面するのが「データをどうやって持ち出すか」という問題です。
HubSpotは直感的な操作性が魅力のツールです。日々の業務ではその使いやすさの恩恵を受けてきた方も多いでしょう。しかし、いざ「データを外に出す」という段になると、その簡単さが逆に仇となることがあります。「エクスポートボタンを押せば全部出てくるだろう」「ファイルもリンクがあるから大丈夫」——そう考えて解約日を迎えると、顧客とのメール履歴が消えていたり、添付ファイルがリンク切れで開けなくなっていたりと、致命的なトラブルに見舞われかねません。
本記事では、私自身がHubSpotからの移行プロジェクトに関わった経験も交えながら、標準機能で「できること」と「できないこと」の境界線、そして確実にデータ資産を守るための具体的な手順を解説していきます。
HubSpotのエクスポート機能で「出せるもの」と「出せないもの」
まず、現実を直視することから始めましょう。HubSpotの標準的なエクスポート機能で手に入るデータと、そうでないデータには明確な境界線があります。この区分を理解しないまま作業を進めると、後で取り返しのつかない事態に陥ります。
簡単にエクスポートできるデータ
コンタクト(顧客情報)、会社、取引(商談)、チケット(問い合わせ)といったオブジェクトの「プロパティ値」は、各一覧画面の「エクスポート」ボタンから簡単にCSVやExcel形式で出力できます。氏名、メールアドレス、電話番号、企業名、取引金額、ステージといった情報は、特に技術的な知識がなくても管理者であれば問題なく取得可能です。
また、「設定」メニューから「インポートとエクスポート」画面に進めば、複数のオブジェクトをまとめて一括エクスポートすることもできます。日常的にバックアップを取る習慣があった方なら、この操作には慣れているかもしれません。
工夫すれば出せるが、加工が必要なデータ
「どのコンタクトがどの会社に所属しているか」といった関連付け(Association)の情報は、エクスポート時に「関連する会社のID」を含めることで取得自体は可能です。ただし、これを移行先のシステムにそのまま入れても意味がありません。HubSpotのIDと移行先システムのIDは当然異なりますから、マッピング(紐付け直し)の作業が別途必要になります。
この作業は想像以上に手間がかかります。数千件のコンタクトと数百件の会社の関連付けを、ExcelのVLOOKUPや専用のスクリプトを使って一つずつ紐付け直す。移行プロジェクトの中盤で「こんなに時間がかかるとは思わなかった」という声をよく聞くのが、まさにこの関連付けの再構築フェーズです。
標準機能では「実体」を取り出せないデータ
ここからが本題です。HubSpotの標準エクスポートでは取り出せない、あるいは取り出しても使えないデータがあります。
まず、添付ファイルです。見積書、契約書、提案資料など、取引レコードに紐付けてアップロードしたPDFやドキュメント。CSVをエクスポートすると「File URL」という列にURLが記載されていますが、これはあくまでHubSpotのCDN(コンテンツ配信ネットワーク)上にあるファイルへのリンクに過ぎません。解約してアカウントが無効化されると、このURLは404エラーを返すようになります。
重要なのでもう一度強調します。HubSpotには、画像やPDFなどの添付ファイルを一括ダウンロードする標準機能が存在しません。
次に、アクティビティの完全な履歴です。メールの送受信履歴、ミーティングの録画ログ、注記(メモ)といった情報は、HubSpot内ではタイムライン形式で美しく表示されています。しかし、これをCSVに出力すると、非常に読みづらい形式になるか、一部の情報が欠落します。特にメールの本文内容は、APIを使わないと完全な形では取得できないケースが多いです。
さらに、CMS Hubを使ってWebサイトやブログを運用している場合、ページや記事をHTMLファイルとして丸ごとエクスポートする機能は限定的です。HubSpotのテンプレートエンジン「HubL」に依存した構造になっているため、エクスポートしたHTMLをそのまま別のCMSで使うのは現実的ではありません。
標準エクスポートで取得できるデータの比較
| データ種別 | 標準エクスポート | API経由 | 備考 |
|---|---|---|---|
| コンタクト(プロパティ値) | ○ | ○ | 管理画面から簡単に出力可能 |
| 会社(プロパティ値) | ○ | ○ | 同上 |
| 取引(プロパティ値) | ○ | ○ | 同上 |
| 関連付け情報 | △ | ○ | IDのマッピング作業が別途必要 |
| 添付ファイル(実体) | × | △ | URLからの個別ダウンロードが必要 |
| メール本文(完全版) | × | ○ | エンゲージメントAPIを使用 |
| ミーティング録画 | × | × | HubSpot外への持ち出し不可 |
| ワークフロー設定 | △ | × | 概要のみ。詳細設定は再構築が必要 |
| Webページ・ブログ(HTML) | △ | △ | HubL依存部分は変換が必要 |
最大の難関「添付ファイル問題」への対処法
HubSpotからの移行で最もトラブルになりやすいのが、この添付ファイルの問題です。私自身、過去のプロジェクトで「契約書が全部消えた」というクライアントからの悲痛な連絡を受けた経験があります。
なぜURLだけではダメなのか
エクスポートしたCSVにある「File URL」列。今この瞬間にクリックすればファイルは開けます。しかし、これはあくまで「HubSpotのサーバー上にあるファイルへの窓口」であって、ファイルそのものではありません。
HubSpotのアカウントが無効化されると、セキュリティ設定によって外部からのアクセスも遮断されます。手元のExcelに整理してあるURLは、すべて「404 Not Found」に変わるのです。「URLがあるから大丈夫」という思い込みが、最も危険な落とし穴と言えます。
ファイル確保の現実的な選択肢
ファイルの数が少ない場合は、手作業で対応するのが現実的です。重要な大口顧客や進行中の案件に紐付いた添付ファイルを一つずつ開いてダウンロードし、Google DriveやSharePointなどのクラウドストレージに移していきます。地味な作業ですが、数十件程度であればこの方法が最も確実です。
一方、ファイルが数百件を超える規模であれば、手作業での対応は現実的ではありません。この場合、開発者がいる環境であればAPIを活用したカスタムスクリプトの作成が有効です。HubSpotのAPIでファイルの公開URLを取得し、それをcurlコマンドなどで一括ダウンロードする仕組みを構築します。
エンジニアリソースがない場合は、「Skyvia」や「Import2」といったデータ移行・バックアップ専門のサードパーティツールを一時的に契約するのが安全かつ低コストな選択肢です。月額数千円から数万円程度の費用で、ファイルの一括抽出に対応してくれるサービスがあります。
私が経験した「URLの罠」
少し具体的な経験をお話しします。
以前、あるBtoB企業でHubSpotからSalesforceへの移行を支援したことがあります。コンタクトや取引のCSVエクスポートは順調に進み、関連付けのマッピングも完了。「あとは本番移行だけ」という段階で、営業部門から「商談に紐付いていた提案書や見積書はどこに行った?」という問い合わせが入りました。
確認すると、CSVにはファイルのURLが記載されていました。「URLがあるなら大丈夫ですね」と私は一瞬安心したのですが、試しにクリックしてみると——404エラー。すでにHubSpotの解約処理が完了しており、ファイルへのアクセス権が失われていたのです。
幸い、解約から数日だったため、HubSpotのサポートに連絡してアカウントの一時復旧を依頼し、急いでファイルを手動でダウンロードすることができました。しかし、もう少し時間が経っていたら、数年分の提案資料が完全に失われていた可能性があります。
この経験以来、私は移行プロジェクトの最初の段階で必ず「添付ファイルの棚卸し」を行い、解約前にファイルの実体を確保するステップをチェックリストに入れるようにしています。
API制限という見えない壁
「標準エクスポートがダメならAPIで全部抜けばいい」——エンジニアの方はそう考えるかもしれません。しかし、HubSpotのAPIには厳格なレートリミット(呼び出し制限)があり、これが移行プロジェクトの大きなボトルネックになることがあります。
「10秒ルール」の厳しさ
Salesforceの場合、主な制限は「1日あたりのリクエスト総数」です。1日に使える回数が決まっているので、時間をかければ大量のデータも取得できます。
一方、HubSpotは「10秒あたりのリクエスト数(バースト制限)」が非常にシビアです。Professionalプランの場合、10秒間に100〜110回程度のリクエストを超えるとHTTP 429エラー(Too Many Requests)が返され、一時的にAPIへのアクセスがブロックされます。
OAuth認証を使ったアプリケーションの場合、この制限はさらに厳しくなるケースもあります。2025年以降のHubSpotでは、API利用ガイドラインも更新されており、従来の手法ではエラーが頻発するようになったという報告も見かけます。
移行スケジュールへの影響
この制限が実際の移行プロジェクトにどう影響するかを説明しましょう。
たとえば、10万件のコンタクトデータをAPIで取得しようとします。データ移行ツールや自作スクリプトで「高速に一括取得」を試みると、開始数秒でレートリミットに引っかかり、処理が停止します。エラーをキャッチしてリトライする仕組みを入れても、「取得→エラー→待機→リトライ」の繰り返しで、想定の何倍もの時間がかかります。
対策としては、エクスポート処理に意図的な待機時間(Wait)を組み込む必要があります。「1リクエストごとに100ミリ秒待つ」「エラーが出たら指数的に待機時間を増やす」といったロジックです。
これにより、「一晩あれば終わるだろう」と思っていた処理が「3日かかった」というケースは珍しくありません。解約日から逆算してスケジュールを立てる際には、この「見えない待ち時間」を必ず計算に入れてください。
解約・移行を成功させるための4ステップ
ここまでのリスクを踏まえた、推奨される作業フローを時系列で整理します。
Step 1:データの棚卸しと優先順位付け(解約1ヶ月前)
すべてのデータを移行しようとすると、コストもリスクも跳ね上がります。まずは「何を持っていくか」の仕分けから始めましょう。
必須(Must)として移行すべきなのは、コンタクト、会社、取引の基本データです。これらは顧客との関係性の根幹を成す情報であり、移行先システムでの運用に不可欠です。
あると望ましい(Should)のは、直近1〜2年のアクティビティ履歴(メモ、タスク、ミーティング記録)と、締結済みの契約書や重要な提案書のファイルです。これらは過去の経緯を振り返る際に必要になります。
思い切って捨てる(Don’t)べきなのは、長期間反応のない古いリード、開封されていないメルマガ履歴、失注した古い案件に紐付いたファイルなどです。移行はデータをクレンジングする良い機会でもあります。
Step 2:標準エクスポートの実施(解約2週間前)
各オブジェクトの一覧画面から「テーブルアクション」→「ビューをエクスポート」でも出力はできますが、移行目的であれば「設定」→「インポートとエクスポート」画面から一括エクスポートを行うのが効率的です。
一つ注意点があります。「すべてのプロパティを含める」を選ぶと、内部で使われているシステム列(作成日時、更新日時、各種IDなど)が大量に出力され、移行時のマッピング作業が煩雑になります。基本的には「表示されている列のみ」または、移行先で必要なプロパティだけを選択して出力するのがコツです。
Step 3:ファイル実体の確保(解約1週間前)
ここが山場です。前述の通り、添付ファイルの「URL」ではなく「実体」を確保します。
エンジニアリソースがない場合でも、重要な契約書や提案書だけは手動でダウンロードしてクラウドストレージに移してください。「全部は無理だから重要なものだけ」という割り切りも大切です。
有償のサードパーティツールを使う判断をした場合は、このタイミングで実行します。解約直前ではなく、1週間程度の余裕を持たせることで、万が一のトラブルにも対応できます。
Step 4:エンゲージメント(活動履歴)の抽出
「メモ」や「タスク」「ミーティング」なども移行したい場合、これらはコンタクトや取引とは別のオブジェクトとして個別にエクスポートする必要があります。HubSpotのエンゲージメントAPIを使うか、管理画面から個別に出力します。
移行先(SalesforceやKintoneなど)にインポートする際は、「コンタクトID」や「取引ID」をキーにして紐付け直す高度な作業が必要です。この部分は技術的な知識が求められるため、自信がなければ外部の支援を検討することをお勧めします。
よくある質問(FAQ)
Q1:解約後もデータは残っているのか?
HubSpotでは、アカウント解約後一定期間はデータが保持されていますが、ユーザーからはアクセスできません。サポートに連絡して復旧を依頼できる場合もありますが、対応してもらえる保証はありません。解約前に必ずすべての必要データを取得しておくべきです。
Q2:ワークフローの設定は移行できるか?
ワークフローの「概要情報」(名前、有効/無効状態、登録数など)はスプレッドシートとしてエクスポートできます。ただし、ワークフロー内部の詳細な条件分岐やアクションの設定は出力されません。移行先で同等のワークフローを再構築する必要があります。
Q3:CRMデータのバックアップ機能は使えるか?
HubSpotには「CRMデータのバックアップ」機能があり、オブジェクトのプロパティ値を定期的にエクスポートできます。ただし、この機能で取得できるのはあくまでプロパティ値であり、添付ファイルの実体やアクティビティの完全な履歴は含まれません。移行目的には不十分です。
Q4:APIのレートリミットを緩和する方法はあるか?
基本的には契約プランによって決まった制限があり、簡単には緩和できません。Enterprise契約で大規模な移行を行う場合、HubSpotの担当者に相談すれば一時的に制限を緩和してもらえるケースもあるようですが、確約はされません。リトライロジックと待機時間を適切に設計するのが現実的な対策です。
Q5:移行支援サービスを使うべきか?
データ量が多い場合(コンタクト数万件以上)、添付ファイルが大量にある場合、社内にエンジニアリソースがない場合は、HubSpotやSalesforceの公認パートナー企業に移行支援を依頼することを強くお勧めします。数十万円のコストで、数百時間分の工数と「取り返しのつかない失敗」のリスクを回避できます。
まとめ:HubSpotの「使いやすさ」と「出しやすさ」は別物
HubSpotは素晴らしいツールです。直感的なUIと充実した機能で、多くの企業のマーケティング・営業活動を支えてきました。しかし、その設計思想は「HubSpotのエコシステムの中で使い続けてもらうこと」に最適化されています。そのため、外へ出ていくための